アンビバレンツと ジレンマと
           〜お隣のお嬢さん篇


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まだ十代の小娘にしては切れ者で。
古くからの数多ある戦略から世俗の流行に至るまでと知識も豊富なら、
思慮深いというか、腹芸が得意な難物だと、
それこそ洞察力のある大人らからは はやばやと見澄まされ、
面倒な子だなんて思われていた。
甘えるのは上辺だけ、
誰に頼ることもせず素顔も晒さぬ、可愛げのない小娘。
まだ素直でいて良かったのに 自分からそんな風でいて。
隙なんか見せたら足元を掬われる世界でしょ?なんて建前を言いつつ、
反骨精神?そんな青いもんじゃあない。でも、
知的崇高な煩悶なんてもんじゃあなく、
誰にも気づかれないように、ただただ駄々をこねていたようなものだったのかも。
彼の人の異能ではないが、回転が良すぎる頭はどんな事態の先をも見通してしまい、
作戦上、どんな危急にあっても的確な対処を弾き出しては称賛と畏怖を集めはしたが、
そんなこと少しも楽しくはなくて。
予想を裏切るようなアクシデントがたまに起きても、
せいぜいコトを面倒にするだけな、馬鹿な輩の引き起こした悪あがきばかり。
それへでさえ、いくらでも先回りして対処がとれてしまい、
ただただ静かに錆びてゆくばかりの“世界”には溜息しかつけなくて。
そんな自分だったのを、本当に先を見ることが出来た年上の友は
時に無謀なことをやらかす自分なんかを、冷めた目で淡々と見やって居てくれて。
感情的にもならず、本当に淡々としていたその人は、だが、
それこそ長年諦念に深く埋まってた感情を静かに起爆させたよな
例えようもない怒りを止めようもないほど煮詰めた末に、
歯がゆいくらい呆気なく、愚かな方を選んで逝ってしまって。
愚かでも何でも、許せないことというのはあって、
噛み潰すこと、看過することが出来なんだ彼の人は、
それまでは何も言わず見守っててくれた自分へ、最初で最後の助言をくれて。
呼吸するよに最適解を引き出せる自分は、
この先も同じような、味気なくも残酷な道を歩むことしか出来ぬだろうから、
だったら、そんな身を置く場所を変えてみればいいと。
人を出し抜き、殺し合うよな行き方よりも、人を救って支えるような生き方を選んでみろと。

 同じならその方が幾分素敵じゃあないか、と

友達だからこそ、その方がいいという助言をくれて、
そのままこの腕の中で逝ってしまった彼の人であり。
打ちひしがれた私は、彼のひとを死なせたすべてが許せなくて。
遺言となってしまった言葉通りに生きてみようと泳ぎだし、
やはりやはり愚かな欲が犇めき合っては、
残念な見通しばかりが立ち塞がる“世界”の下衆さへ気が重くもなるけれど。
時折ほこりと心温まる健気な笑顔に出会っては、存外悪くはない悪あがきを続けている。




    ◇◇


非番の日ならともかく、今日は通常勤務だったはずな芥川が
敦嬢と共に それぞれの上役であり思い人でもある先達二人のいるバーまで来合せたのは、
電子書簡で呼ばれた場所がよく判らないという彼女から
何処のことだか心当たりある?と訊かれ、
思い当たる店だったので連れてってやったまでのこと。
酒精にはあまりお近づきをしない性分なので
単なる案内をしただけだったものの、
未成年の自分だけで入るわけにもいかぬと
生真面目にも思ったらしい敦本人に手を取られ、
お待ちかねだったらしい太宰と不意打ちだったらしい中也の前に
並ぶように登場と相成ってしまったわけで。
恐らくは太宰の目論み、
情報供与への筋を通すという格好での顔合わせから
とっととお開きに運びたかったらしい流れには間に合ったようで。
強引な段取りには眉を寄せつつ、
それでも気に入りの少女が迎えに来たことで、
相好を崩しての上機嫌で帰って行った素敵帽子嬢を見送って。

 「さて、じゃあ帰りましょうか。」

こういう店は苦手な黒姫だと気を遣ってくれたのか、
それとも彼女も今宵は外飲み気分ではなかったか。
セカンドバッグから財布を取り出し、
カードでお勘定を済ませると、スツールから降り立って。
帰りそびれた恰好の芥川に歩み寄り、にこりと笑ってさあ出ましょうと促しつつ、
入ってきたドアへと踵を返したこちらの背へ、

 “…あ。”

腰の辺りへ添えるよに さりげなく手を触れてくれる。
こんな風にして連れを誘ない導くのがそれは上手な人で、
しかも無理強いではない誘導が本当に絶妙。
話しかけて顔を上げさせ、
話をしつつ何かへ判りやすく視線を投げることで
共に歩む方向に無意識のうちに微調整をかけたり、
ゆるく凭れかかってそれと気づかせずに足を止めさせたり。
そんなこんなというさりげなさのうち、
相手に気付かせぬまま
思いのままに連れ出したり護衛を果たしたりを難なくこなす人。
話術も巧みで、どれほど頑なな相手からでも、
無関係な話しかしなかったはずなのに、何をどう読むものなのか、
欲しい情報をあっさり奪取してしまえて。

 “でもそこは。”

操心術とか読心術とか、巧みなあれこれを駆使なさるのは勿論だが、
それ以上にこの人自身が魔性をおびているのだしょうがないと、
組織の先達の誰かが言っていたのを覚えている。
生意気なという反目でさえ上手に煽動し、
気が付けば孤立無援という立場に追いやられ、
大きな敵へのおとりとしてまんまと利用されているというよな、
かつてこなした悪魔の所業は枚挙のいとまもないという。

 「今日はウチへ。勿論 来るよね?」

無花果の美味しいの、愛知の知り合いからもらったの。
好きだったろう?冷やしてあるよ と、楽しそうに口にする。
地上へ出れば、洞の中のようだった感覚からは開放されたが、
身に迫るはまだまだ蒸し暑い宵の口の夜気で。
飲食街としては場末ながら、
事務所や商店が多少はあるらしく、人の通りも無いではなくて。
そんな通行人からの視線を感じ、
それが辿り着く先でもあろう連れの、相変わらずの麗人ぶりを見上げれば。
表情豊かな目許口許をやんわりたわめ、
なぁに?と ますます笑みを深くする姉様だが。
それは玲瓏な風貌、どうすれば魅力的かをようよう心得てもいて。
声を上げるでない控えめな、それでいて
甘くて意味深、誰をも惹きつける蠱惑たたえた笑顔が
男衆のみならず、うら若き女性までときめかせるから罪なお人で。
そんなことで墜とした異性や、ましてやご婦人の数に
鼻高々になる性分じゃあないよ、下らなさ過ぎて関心もないと。
わざわざ言ってくれたのは、そういえば再会してからではなかったか。

 「なぁに?どうしたの?」

ちょろちょろとお顔を見上げるこちらの様子、
煙たくはないがそれでも気づいてはいるよと、訊きたいことがおありかな?と、
あくまでもやんわり尋ねてくれて。
弧にたわめられた口許は、やさしい笑みに甘く濡れ。
細められた目許や低められた声などと相俟って、
昔風の言い方で、水蜜桃みたいに やわらかそうで繊細で儚げで。
甘くて いい匂いのしそうな
女性としてのみずみずしい魅惑をたっぷりとたたえつつ。

 それと同じ存在感の中に

抑々の素顔が実はそういう面差しなのだろう、
言いたいことを全ては言わずにいるような、
ちょっぴり寂し気、
愁いを滲ませた淑とした気配が同居する人なものだから。
ついうっかりと視野の中に収めてしまったら、
そのミステリアスな雰囲気にのまれ、
知らず頬を染めるほどに、手を伸べて捕まえたくなるほどに、
搦めとられてしまうこと間違いないという
底無しのおっかなさを抱え持つ人でもあるのだけれど。
そして、

  “…今でもちょっと信じがたいのだ。”

ただ一途なだけで、ただ懸命なだけで、
背を追うこちらの切なる意を汲んでくれるような
笑みもて振り向いてくれるような、甘いお人ではないはずなのに。
その出奔から4年を経て、同じ年数 離れ離れな身となって。
見返してやるのだと奮戦はしたものの、
修羅場へ躍り込めば、そうは見えぬかもだが やってることは相変わらずの猪突猛進。
鏖殺との指令なのだから間違っちゃあおるまいと、
その場から生きとし生けるもの全部を根こそぎ屠ることにばかり特化していて、
さほど気の利いた存在になれた自覚はない我が身だというに。
少しマシになったところといや、
さほど返り血を浴びずに片づけられるようになったことくらい。
そんな自分の任務明けを見計らい、
やあと会釈しそのままこちらの手を取り
じゃあ帰ろうかといそいそとエスコートしてくれる、
この、絶世の美女でありハンサムな師匠なことへ。
まだちょっと落ち着けない、
積年の望みが叶ったことが信じられずにいる禍狗姫だったりするのである。




to be continued.(18.08.20.〜)




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 *最愛の愛しい子からさえ信じられてない、困った太宰さんです。
  いや困っているとしたらば当人がか。(笑)
  因果応報、自業自得だと中也さんが高笑いしそうです。